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2008.12.31 名古屋の小児科なごやか日記
12月31日(水) 大晦日
朝食、朝風呂を済ませAM10時少し前に宿の送迎バスで鳥羽へ。荷物を駅のコインロッカーに預け、鳥羽水族館の近くにある「鳥羽オルゴール館」に行く。ここでは多くのオルゴールの展示販売のほかに、自分で好きなパーツを選んで体験できるコーナーがある。妹と姪は30分以上かけてオルゴール作りを行う。姪は海底をイメージさせる青を基調とした可愛らしいオルゴールを作成した。一方妹は森をテーマとした落ち着いた感じのオルゴールを私たちにプレゼントしてくれた(妹は創作ジュエリーの教室などをやっているのでプロのようなものだが)。次に「ミキモト真珠島」を訪れる。ここは何回も来ているが、養殖真珠の原理や加工など詳しく説明されている。美しい真珠を得るために多くの時間と労力が費やされていることがわかる。この真珠博物館の2階には真珠を使ったアンティークジュエリーが展示されている。200年以上も前のヨーロッパの作品まで紹介されている。こんな時代にヨーロッパで真珠(養殖ではなくて天然)が珍重されていたのだ。これらの古典的な作品が妹には創作ジュエリーの参考となったようだ。この後鳥羽駅の近くにある小さな店でひおき貝(地元では「あっぱ」という)、さざえ、牡蠣などを焼いてもらってその場で食べる。これも鳥羽へ来る楽しみの一つである。近鉄で名古屋にPM4時半ごろ到着。
妹たちとは名古屋駅でわかれ、タクシーで栄にある元Be Vappのママのマンションに向かう。正月用のおせち料理を作ってもらったため立ち寄ったのだが、このブログでもおなじみの榊原洋子ちゃんやご主人の中井さん、武藤祐志君にひとみちゃんなどが来ており、一緒にビール、お酒などを呑む。いつものメンバーで盛り上がり、まるでBe Vappにいるような感じであった。ひとしきり楽しんだあと、3人の女性が作ってくれたおせち料理をいただいて家に帰る。今年は例年より賑やかで楽しい大晦日であった。
2008.12.30 名古屋の小児科なごやか日記
12月30日(火) 年末は温泉で
29日(月)で今年最後の診療を終える。朝からPM5時半までの診療であったが、年末で休みにはいっている診療所もあるためか多くの患者さんに来ていただいた。今年はインフルエンザが各地で早い時期よりみられたが、少なくとも名古屋市北区ではそれほどではなく、むしろ罹患した患者さんは例年より少なめであった(そのほうがいいですね)。とにかくスタッフの皆さんや患者さんに支えられ1年の仕事を無事終えることができた。私共夫婦は正月に仕事が入ることが多いため、年末30日に温泉に泊まって体を休めることにしている。来年も1月は家内が1日当直(成田病院)、私が2日休日診療(北区:半日)の予定である。ここ数年の年末は鳥羽の温泉旅館に泊まることが多い。今年は私の妹と次女(姪)の4人で旅行をすることになった。昼すぎに近鉄名古屋駅をたち、PM3時前に鳥羽に到着。宿から迎えのマイクロバスで約25分くらいで到着。今回の宿は「味の宿 花椿」といって相差(おおさつ)の海岸に面した客室9室というこじんまりした宿である。早速温泉に入る。この地区には温泉の源泉はなく「榊原温泉」より湯を運んでいるとのこと。風呂も小さめだが榊原温泉の「アルカリ単純泉」はなかなか心地よい。
風呂をあびてからいよいよ夕食となる。土地柄伊勢えび、ひらめ、あわび、さざえなど海の幸は豊富である。この宿のご主人が料理人ということで料理の質も良い。質もさることながら、食べきれないほどの量である。高校2年生の姪は体重を気にして普段は食事は控えめにしているようだが、この日は解禁とする。皇太子が好きな日本酒としても有名になった「黒龍:福井県(石田屋)」の端正なこくのある香りと刺身のさっぱりした味がよくあう。温泉でリラックスしたせいか、いつもより早く床に着き朝までぐっすりと眠れた(最近は朝4-5時くらいに目覚めてしまうことが多いのだが)。
2008.12.20 名古屋の小児科なごやか日記
12月20日(土) 3回目のクリスマス会
クリニック開院以来3回目となる「クリスマス会」がPM3時より開催された。これまでの2回はクリニックの待合室で行ったのだが、今回はクリニックの隣りのビルの2階をオーナーである加藤守仁さんに貸していただいて開催した。昨年までは開場の広さの関係から約15組の方に限定させていただいたのだが、今回は十分な広さがあるため親子あわせて50名以上の方に来ていただくことができた。まずは横井さんによるマジックショーから始まった。横井さんはアマチュアながら全国各地でボランティアとしてマジックをやっている方で、巧みな話術とともに、数々のマジックを披露していただいた。子どもたちは皆興味しんしんで、目を輝かせて見入っていた。次に音楽はこのブログでおなじみの榊原洋子ちゃん(ボーカル)と後藤浩二さん(ピアノ)、高橋朝道君(サックス)のトリオにお願いした。ちなみにこの3人はJazz Club等で立派なライブができるメンバーである。特に後藤さんは昨日Jazz pianoのソロコンサートを終えたばかりの時期にこの会に来ていただいた。
音楽は本来のジャズナンバーをはじめ、「赤い鼻のトナカイ」といったクリスマスの定番曲まではば広く演奏が進む。山下達郎の「クリスマスイブ」には子どもよりもお母さん方が聞きいっていた。洋子ちゃんも初めて歌うのではないかと思われる「崖の上のポニョ」が子どもたちには最も受けたようだ(普通のJazz liveではやらないですよね)。高橋朝道君のサックスも子どもたちには珍しかったようだ。
最後に「サンタさん」登場で開場の盛り上がりは最高潮となる。この「サンタ」は昨年まで私がやっていたのだが、今回は製薬会社の当クリニック担当のKさんにお願いする。Kさんは身長、体重ともに私を上回りまさにこの「サンタ」に適役だ(あのダブダブのサンタの衣装が彼にはピチピチであった)。これからしばらくは「サンタ」役は彼に決まったようなものだ(転勤になるまでは)。「サンタさん」からのお土産が一人一人に配られて「クリスマス会」は閉会となる。この会の開催にあたっては3人のミュージシャンや横井さんの活躍もさることながら、大家さん・クリニックのスタッフなど多くの人の協力が欠かせない力となっている。このような関係者の苦労も子供達の笑顔をみると消えうせてしまったようだ。
クリスマスツリー
人形:サンタとトナカイ
真剣に歌を聞く子供たち
高橋朝道(サックス) 後藤浩二(ピアノ)
高橋朝道(サックス) 榊原洋子(ボーカル)
マジックショー:横井さん
サンタさんとともに
2008.11.25 名古屋の小児科なごやか日記
11月25日 Farewell party: Be Vapp
Jazz barのBe Vappが10月28日で閉店したことは前回このブログで報告したが、閉店及び20周年記念のお別れPartyが名古屋・東桜のJazz inn LOVELYで開かれた。PM7時からのpartyに少し遅れて私と、家内および友人と参加した。榊原洋子ちゃんの持ち歌ともいえる「New York State of Mind」で華やかなオープニングとなる。引き続いてママ(川口静代)が20年にわたる店の思い出や出演したミュージシャンへの感謝などの挨拶をする。この日は過去Be Vapp に出演したほとんどの歌手、ミュージシャンの演奏およびパーフォーマンスという贅沢なライブとなった。唯一の例外はKeiko Lee(リー ケイコ)である(彼女はJazz シンガーとして日本のトップレベルとなり、個人で呼べるような存在でなくなった)。
高橋朝道君(Sax)と大野君、ハマちゃんなどの演奏に始まり、スィートキャッツの登場となる。もうベテランといってもいい森久子、司いつ子と若手で伸び盛りの榊原洋子の女性jazzボーカルトリオは現在いろいろなところで活躍しているが、そもそもの発祥の地はBe Vappである。「In the Mood」「Stand by me」や「Isn’t she lovely」などの曲がそれぞれの持ち味で歌われる。この後この日の真打ともいえるシャンソン歌手の加藤えいこが登場。えいこさんはBeVapp に出ていたのはもう10年以上前になる。えいこさんは今日は友情出演となるが、ピアフの「愛の賛歌」と「枯葉」をしっとりと歌ってくれた。このLOVELY でシャンソンが歌われるのは初めてではないだろうか。個人的なことで恐縮だがえいこさんと知り合って17年となる。彼女が私の卒業した高校の後輩ということもあって、家内ともども仲良くしてもらっている。
加藤えいこさんの歌のピアノ伴奏は花田利治である。花田さんといえばジャズピアノのベテランで名古屋では有名な人である。普通ジャズピアニストはシャンソンは弾かないが、花田さんは卒なくこなしていた。花田さんとは別の店で会うことが以前よくあり、そのピアノもさることながら「宇宙」や「経済」さらに「医学」までいろいろな分野に興味と造詣が深く、ピアノ演奏の合間には私とそんな話であっという間に時を過ごすことが多かった。私にとって花田さんは「話し好きのおじさん」という印象が強い(私も十分におじさんであるが)。シャンソンの後は武藤祐志を中心としたメンバーでジャズともロックとも違う、アフリカの民族音楽をアレンジしたいわば「アフリカ音楽」とでもいう楽しい演奏で盛り上がる。「ひとみ」ちゃんのベリーダンスが更に華をそえる。武藤さんの弟子にあたる大野君とハマちゃんもよくBe Vappで演奏してくれた。
西崎佳代子さんも飛び込み出演といっていいだろう。彼女のトランペットと高橋朝道君のサックスの共演はいつもながらいい感じだ。このパーティの終了後、一部の参加者は「LOVELY」の向かいにありやはり河合さんが経営する「ドナ・リー」に移り夜遅くまで思い出話などが続いた。思えば私もこのBe Vappで多くのミュージシャンと出会いそして友達になった。私よりも若い人がほとんどだが、音楽に対するひたむきな姿勢が美しい。昨今若者をめぐっていろいろ問題点もいわれているが、こういった純粋な人たちをみるとまだ日本も捨てたものでないと嬉しくなる。またお客さんどうしも基本的に音楽とお酒が好きという共通点からか比較的仲良くしている。今日は本当に賑やかで楽しく、思い出に残るライブであった。またいつの日か新たな場所で、この仲間で音楽を楽しめることを願いつつ。
「加藤えいこさんと共に」
「スィート キャッツとママ(川口静代)」
「佳川夏己と高橋朝道」
「西崎佳世子(トランペット)と
高橋朝道(サックス)」
「シャンソンを歌う加藤えいこ」
「スウィート キャッツ:
榊原洋子、司いつ子、森久子」
「音楽を聴く人たち」
「ピアニスト 花田利治」
2008.11.24 名古屋の小児科なごやか日記
11月24日 森光子の「放浪記」
私のこの拙いブログでも読んでいただける方があるようで、最近更新してなかったためか「体調でも悪いんですか」と心配していただいた(ありがたいことです)。たまたま取り上げるネタが少なく、体調のほうはすこぶるよかったのだが(メタボの方はどうしようもないが)。今日は名古屋・栄の「中日劇場」へ私の父と家内の母の4人で行ってきたのでその報告を。「放浪記」は尾道より上京した作家・林芙美子の自伝的小説で、これを女優・森光子が1961年に東京の芸術座で初上演して何と47年になるという大変な舞台である(1961年というと私が9歳の時である)。前から一度観たいと思っていたのだが、今回中日劇場では4度目となるこの公演のチケットがとれたので出かけることとした。今年東京を皮切りに福岡、大阪などを経て名古屋で最終となる全国ツアーを今回見なければ次はいつになるかというのが大きなきっかけであった。森光子さんといえば外観は若く見えるのだが、年齢は大正13年生まれ(84歳)の私の父を上回っているのだ。開場前からもさすがにすごい人の列で、行商人の子として生まれた林芙美子の貧しい少女時代から上京してからの女流作家としての奔放な生活などを見事に森光子が演じていた。
たださすがにあの有名な「でんぐり返し」はなく(お年から言えば当然だが)、セリフにもやや「ろれつの回らない」部分があった。それでも森光子らしい味わいを感じたが、職業柄私たちが感じたのは「ひょっとすると軽い脳梗塞か?」ということだ(森さん間違っていたらごめんなさい)。女流作家として成功した林芙美子が徹夜の連続で疲れきって一人で机にうつ伏せで寝入る姿が最後の場面であった。「やっぱり孤独なんだね」というのは芙美子のもと同僚の女流作家である(この女優が山本陽子であることを後で知った)。この舞台をみていて林芙美子と森光子の人生が重なってみえるような気がした。作家と女優という違いはあるものの「小説や舞台に命をかける」という鬼気迫るものを感じたのは私だけであろうか。
この舞台を最初に手がけた劇作家・菊田一夫がまだ若い学生として登場していたのは私たちの知らないことであった。そして今年がその菊田一夫の生誕100年に当たることも。また脇役(準主役)の「山本学」「米倉斉加年」といった顔ぶれも懐かしかった(若い方はご存知ないかと思うが)。不器用であっても情熱をもって生きることの「つらさ」「悲しさ」と「美しさ」を思い出させてくれる舞台であった。森光子さんにはこれからも活躍していただきたいと願っている。
花の命は短くて苦しきことのみ多かりきー林芙美子
2008.11.03 名古屋の小児科なごやか日記
11月3日 いるか島めぐり
宿の朝食も魚など豊富でおいしかった。「たこ飯」もなかなかの味わいだ。そういえばここの地名は畔蛸(あだこ)というくらいだから、蛸には縁があるところなのだろう。この地名は北條時頼の詠にもでてくるようなので歴史的にも古いところのようだ。食後清算の際松村荘の女将と話したところ息子さんが名古屋に住んでいたり、姪御さんが名古屋の某大学病院で小児科の看護師として働いているとのことで話がはずんだ(この姪御さんと私は顔をあわせているかもしれない)。宿のマイクロバスで鳥羽まで送ってもらう。途中パールロードを経て展望台に寄ってもらう。あいにく天候はよくなかったが、海や島々が見渡せてなかなかの景色だ。ここに地元出身の歌手「鳥羽一郎」と「山川豊」の記念碑があった。「兄弟船」ではなくて「兄弟酒」の歌詞(船村徹)が巨大な石碑に刻まれている。この兄弟は鳥羽(石鏡)出身で有名人である。鳥羽の佐田浜港より観光船で「いるか島」に向かう。この島は日向島というが、いるかに形が似ているのでこの名前がつけられたという(いるかが多いからというわけではないようだ)。「いるかショー」と「あしかショー」がこの島の2大イベントである。後者を見るためにリフトで上り下りするが、下りの景色がスリルもありなかなかだ。夏には海水浴場になっている海岸が美しい。ここではなぜか魚(鯖?)が飛び跳ねていて海面から突然姿を現し、子供達は大喜びだ。島の中にある「ヒルトン食堂」(この名前の由来は明らかでない)で昼食後、船で鳥羽に戻る。買い物(おみやげ)のあと近鉄で名古屋に戻る。クリニックとしては最初の一泊旅行であったが、天候もまあまあで海の幸も楽しめた。なによりも子供達が初めての体験などで、いろいろ楽しんでくれた(時には泣いたり)のがこの旅の大きな成果だったかもしれない。
朝松村荘を発つ
いるか島のリフトを下る
いるかショー(イルカはどこにいるか?)
遊覧船:佐田浜港
近鉄で名古屋に帰る(ちびっこ4人組)
2008.11.02 名古屋の小児科なごやか日記
11月2日 鳥羽旅行
クリニックのスタッフで初めてとなる一泊旅行。大人8名、子ども5名の総勢13人で「近鉄名古屋駅」を出発。スタッフの子どもたちの中には前夜興奮のあまり寝られなかった子もあったようだが、昼前に鳥羽に無事到着。荷物をコインロッカーに預け「鳥羽水族館」に歩いて行く。有名な水族館なので説明する必要もないが、「ジュゴン」や「ラッコ」などが有名で人気者だ。「ジュゴン」は南方の海洋に生息し海草類を主食とする哺乳類で、「人魚」のモデルとしても有名である。人工の環境で飼育するのは難しいようで、このように長期間水族館で活動しているのはここくらいではないのだろうか。「ラッコ」の愛くるしい仕草に子ども達も大喜びだ。またバランス感覚の優れた「アシカショー」も堪能する。とにかく天気もよく快適な旅行初日であった。水族館を十分楽しんだ後、今日の宿泊先の民宿「松村荘」にマイクロバスで向かう。住所は鳥羽市であるが的矢湾に面した海岸線にある民宿で、採りたての牡蠣や海の幸を食べさせてくれるということで予約した宿である。予想したように小ぢんまりした2階建ての宿だが、ご主人などが温かく迎えてくれる。家庭的な風呂にはいったあと夕食となる。さすがに伊勢えびや数々の海の幸が並ぶが、このあたりの海でとれる「岩牡蠣」が圧巻だ。味噌味、クリーム味もよかったが、そのまま焼いたもの(焼き牡蠣)の天然の香りが最高である。この牡蠣を食べない人がスタッフの中に意外と多く、その分が私の胃袋にはいってしまった。いつも夫婦二人で食事をしている私たちには、まさに「大家族の賑やかな夕食」のような時を過ごし大変楽しかった。子どもも多いため皆各自の部屋に戻り、早々の就寝となる。私たちの部屋ではその後も3、4人で酒盛りが続いたことはもちろんである(といっても昔のように朝までとはならないが)。
鳥羽水族館
アシカショー:鳥羽水族館
ジュゴン: 鳥羽水族館
夕食 海の幸(中央奥が牡蠣 )
大家族の夕食?
2008.11.01 名古屋の小児科なごやか日記
11月1日 地下鉄大曽根駅
本日地下鉄「大曽根駅」(名城線)のホームに「なごやかこどもクリニック」の電照看板が取り付けられた。大曽根から栄方向の壁の以前中日新聞の広告のあった場所だ。これまで希望しながら、なかなか空かなかった場所である。大曽根駅で乗り降りされる方は是非ご覧下さい。 。2008.10.28 名古屋の小児科なごやか日記
10月28日 さよならBe Vapp
前にも紹介したジャズバー:Be Vapp がこの日で最後の営業となった。榊原洋子、佳川夏己のボーカルに高橋朝道(Sax),武藤祐志(Gt)といったおなじみのメンバーに加え、数々のミュージシャンが飛び入りで賑やかなライブとなった(ある有名なピアニストも飛び入り演奏)。私も夜の外来終了後、家内や友人とともに顔をだす。またいつもの常連さんのMさん、Iさんなど多くでほとんど満席状態である(といっても15人くらい)。これに対して出演者が約10人という豪華さ(いかにもBe Vappらしい)。数々のJazzの演奏の間も、それぞれの会話がはずむ。ここでは私も含め客もミュージシャンとは友達といっていいくらいの間柄である。最近結婚したばかりの榊原洋子とは食事や呑みにいったりと、子どものいない私たちには娘のような存在である。とにかく楽しいBe Vapp 最後の夜であった。オーナーママ(川口静代)は聴くのが専門で通常歌わないが、この日は最後にジャズ、シャンソンなどを歌った。このママは私とほぼ同世代で、この店を名古屋の錦(テレビ塔西)に開いてちょうど20年となる。小さな店ながら地元でまだ無名のミュージシャンを働かせながら、育てて(鍛えて)きた。以前紹介したようにこの店から、Keiko Lee(リーケイコ)・司いつこ・森久子そして榊原洋子といったジャズボーカリスト、シャンソンの「かとうえいこ」といった実力派の女性歌手が世にでたのである。高橋朝道君もまだプロになったばかりであるが、年に似合わぬ落ち着いた渋いSaxの演奏はこれからの成長が楽しみである。私は米国留学から帰国した平成3年の夏にこの店に初めて来たので、約17年通ったことになる。国立名古屋病院(現名古屋医療センター)、上飯田第一病院そして現在のクリニックから帰宅の途中にこの店があり、楽しいとき、苦しいときここでの音楽とお酒(フォーローゼス)で癒されたものである。このいろいろな思いでがつまった店がなくなってしまうのは残念なことだが、来年春頃にはまた別の場所でこの店が復活することを願っている。
高橋朝道(Sax)と榊原洋子
店の前で
佳川夏己
榊原洋子と上條隆司・浩子
ほぼ全員集合
オーナーママ(川口静代): 泣いているわけではありません?
2008.10.04 名古屋の小児科なごやか日記
10月4日 境港と「ゲゲゲの鬼太郎」
今日は学会最終日。朝から成長、甲状腺、骨代謝などの口演があった。昼のランチョンセミナーは、近く日本でも開始されるSGA児(低出生体重児)に対する成長ホルモン治療についての話であった(国立成育医療センター 堀川玲子先生)。午後からは昨日に続いてポスターセッション。名古屋のT先生が症例報告(思春期早発症を伴ったクラインフェルター症候群)を行った。他にも興味深い症例報告が多かった。この後会場をあとにして、T先生と境港に向かう。米子駅からJR境線で1時間弱で境港駅に着く。この列車は1両で走り、鬼太郎、ねこ娘などキャラクターの名前を冠した「鬼太郎列車」である。各駅停車で終点の鬼太郎駅(境港駅)まで各駅に妖怪の愛称が付いている。この境港は古くからの港町であるが、あの「水木しげる」の出身地としても知られている。境港駅から「水木しげる記念館」までの商店街が「鬼太郎ロード」(約800m)と呼ばれている。この道沿いに各種妖怪のブロンズ像が並び、私の知らないものも多かった(約133体)。記念館では水木しげるの経歴や多くの作品が展示され、あっという間に時間が過ぎる。太平洋戦争で左手を失った水木氏が戦場でさまよっていたときに、妖怪の「ぬり壁」のため前に進めなかったという話などもあり、戦争の悲惨さも伝わってくる。思った以上に「鬼太郎」を楽しめた。
PM7時発の飛行機に乗るため境港駅から「鬼太郎列車」で空港駅に向かう。ところがなぜか空港駅を乗り過ごしてしまい、次の駅でかろうじて降りる。この無人駅からタクシーを呼べたので、何とか飛行機の出発に間に合った。これは「まだ名古屋に帰るなよ」という妖怪のわざだったか、あるいは我々が単にぼけていただけか?。名古屋へ向かう何名かの小児科医とともに米子空港を時間どおり出発し、約1時間でセントレア空港に無事着陸。内容も豊富な学会で、食事(酒)・観光も楽しめた。いつかこの温泉も豊富な鳥取・島根にゆっくりと訪れたいものだ。この学会の準備をしていただいた神崎教授をはじめ鳥取大学小児科のスタッフの皆さんに感謝したい。
鬼太郎列車(ねずみ男)
鬼太郎列車(米子駅)
水木しげる記念館
鬼太郎
2008.10.03 名古屋の小児科なごやか日記
10月3日 学会2日目
朝から演題発表(口演)を聞く。下垂体、性腺などの興味深い発表が多い。昼のランチョンセミナー(昼食をとりながら講演を聞く)に参加。「男性不妊(性腺機能低下症)のホルモン治療」というかなり専門的な内容であるが、こういった患者さんの診療をしている私にとっては参考になる講演であっつた。その後ポスターによる発表。その後夕方まで各種講演が続く。中でもイスラエルのホッフバーグ教授の小児の成長をヒト以外の動物と比較した講演は、これまでにない観点から成長を捉えたものであり新鮮であった。この後会場近くのホテルで懇親会となる。会長の神崎晋教授の挨拶に続いて賑やかなパーティとなる。ここでもやはり山陰の海の幸が豊富にそろえられていた。学会場にて
2008.10.02 名古屋の小児科なごやか日記
プロペラ機で米子へ
小児内分泌学会に出席のため中部国際空港(セントレアー)より米子へプロペラ機で飛ぶ。プロペラ機に乗るのは多分これで2回目だと思う。名古屋から出席する小児科医数名と同じ機に乗り込む。心配されていた台風も去り快晴の空を約1時間の飛行でほぼ正午に米子空港に到着。着陸時には機体のゆれがかなりあり、予想していたこととはいえかなりスリリングな飛行であった。バスで会場まで移動する。参加登録を済ますとPM2時過ぎより学会が始まる。今回の会長は私の旧知でもある鳥取大学医学部小児科の神崎晋教授であるが、演題数も多く魅力的なプログラムが組まれている。
山陰地方へは今まで来る機会がなく、今回が初めてとなるため楽しみにしていた。米子は人口約15万人の山陰地方では最大の都市で、商業などの盛んな街で「山陰の大阪」と呼ばれているようだ。夕方名古屋から出席のT先生、I先生と食事に出る。宿泊している「全日空ホテル」からタクシーで数分の繁華街を少し過ぎたところにある「匠(たくみ)」という居酒屋・割烹料理店にはいる。日本海に面した街のため海の幸は多い。山陰といえば松葉蟹だが、まだ時期が早かったようで食べられなかったが、普通の蟹(紅ずわい蟹)が出てきてこれでも十分おいしかった。各種刺身や「のどぐろ」も味は絶品であった。この地方で有名なお酒「諏訪泉:鳥取県八頭郡」があったので注文する。大吟醸「鵬(おおとり)」は米の旨味を残し丸みのある味わいである。私の好みとはやや異なるが、良いお酒であることは間違いない。お酒を飲まないI先生に代わり私とT先生で「鵬」の7合壜を空ける。その後この店の大将に紹介してもらった近くの「寛ぎ」というスナックに3人で移動。ママさん一人でやっているこじんまりした店で、飲んだり、歌ったりと楽しく過ごす。名古屋ではカラオケの置いてあるスナックは少なくなってきたので懐かしい。地元のお客さんが来ていて、米子の話などいろいろ聞かせてもらった。なぜか名古屋の喫茶店の話が出て、ボリューム満点の名古屋の「モーニング」には米子の人は驚いていた(そうそう米子ではあまり喫茶店を見かけないことが話のきっかけだった)。米子の最初の夜はすっかりくつろいでしまった。
紅ずわい蟹
山陰の海の幸
諏訪泉 大吟醸 「鵬」
スナック「寛ぎ」にて 上條、T先生、I先生
2008.09.04 名古屋の小児科なごやか日記
味噌串かつとジャズ:jazz inn LOVELY
前回このブログで紹介した榊原洋子のライブが栄のLOVELYであったので私と家内、友人2人の計4人で出かける。この店は混んでいることが多いのだが、この日は適度な混み具合。PM8時過ぎよりライブが始まる。メンバーは彼女との共演も多いピアノの後藤浩二さんと、ベースの島田剛君だ。後藤さんはその風貌とは似つかぬ(失礼)流麗なピアノ演奏で名古屋東海地区では最も評価されているピアニストの一人であると思う(南山大学出身)。島田君は安定したベースでは定評がある(以前クリニックで洋子ちゃんと共に演奏してもらった)。彼女はjazzの古いナンバーから新しいものまで、いつものように堂々と歌いあげる。この日はRay Charlesの曲を何曲か歌う。Ray Charles(1930-2004)はアメリカを代表するといってもいいピアニスト、作曲家、歌手として知られ、jazz以外にblues, country, soulなどあらゆるジャンルで活躍した音楽家である。「Georgia On My Mind」「Hit the Road Jack」などが日本でも有名である。洋子ちゃんが歌う「Georgia On My Mind」はなかなかのもので、日本の女性ボーカリストでこれだけの声量で歌える人は他にいないだろうと思う(アメリカの黒人女性ボーカリストならありうる)。アメリカ南部(テネシー)に2年住んでいた私たちには特に懐かしい曲である。2人の友人はLOVELYは初めてで彼女の歌も店にも感激してくれたようである。2回のライブのあと洋子ちゃんと我々で歓談(というか一緒に呑む)。皆で楽しんだ後店をでたらもう深夜0時近くだった。さてLOVELYだが、名古屋でjazzを好きな人なら知らないひとはいないくらいの店だが、簡単に紹介しておこう。オーナーの河合勝彦さんによって1970年にジャズ喫茶として栄ウオーク街(かつての女子大小路)に誕生した。1976年に現在の東桜に移転し、ライブを中心とした店として活動を開始した。当時名古屋にもjazzのライブをする店は少なく、渡辺貞夫、日野皓正、山下洋輔いった錚々たる人たちや、海外からのミュージシャンの演奏も行っていたようである。現在は地元のミュージシャンを中心にライブを行っているが、ここからスタートして全国的に名を知られるようになった人も少なくない。やはり前回このブログで紹介したKeikoLee(リーケイコ)もその一人である。すぐ近くに「串かつラブリー」があり、演奏前に立ち寄るのも楽しみである(この日は込んでいて入れなかったが)。「味噌串かつとJazz」名古屋らしくていいではないか!
左:jazz inn Lovely 名古屋市東区東桜1-10-15 TEL052-951-6085
NHKビルより北へ桜通りに向かって徒歩1-2分
右:榊原洋子 LOVELYの前で
後藤浩二(ピアノ) 島田剛(ベース)
客席
歌う榊原洋子
ピアノの前の榊原洋子
2008.08.13 名古屋の小児科なごやか日記
ジャズバー BE VAPP
名古屋のテレビ塔の近く(たての街B2)にあるこの店に通い始めて十数年になる。ここでは土曜を除いて毎晩ジャズを中心としたライブをやっている(PM9時ころより)。私もクリニックで夜の外来を終えて、地下鉄名城線で家(川名)に帰る途中ここに立ち寄ることが多い。今日は女性トランペッターである西崎佳代子さんが中心のライブである。いつものように地下鉄「久屋大通」駅を降りて2,3分のこの店にはいると常連のMさんなどがカウンターで呑んでいる。西崎さんと高橋朝道君(AltoSax),武藤祐志さん(Guitar)が練習(音あわせ)をしている。この店は小さな規模でカウンターとボックスに15人も入ればいっぱいになってしまうが、その分演奏者から近く音もダイレクトに伝わりどの席も一等席といえる。ジャズナンバーも含めいくつかの曲を聴かせてもらう。西崎さんはもともとクラシックのトランペット演奏家であるが、このところJazzで活動をしている。高橋朝道君もある意味異色の若手Sax奏者ともいえる。今年名古屋大学工学部を卒業したのだが、就職の道を選ばずプロの音楽家(JazzMusician)をめざしている。武藤さんはギターを教える先生でもあるが、今日の演奏のリーダー格である。トランペットとサックスといえば日野皓正と渡辺貞夫がいるなー(こちらは大御所だが)。西崎さんと朝道君もこれから更にいい音楽を聴かせてくれるだろう。
BeVappのオーナーママ(川口静代さん)は名古屋のJazz界では有名人で、これまで無名の新人を多く発掘しプロとしてデビューさせるきっかけをつくっている。かとうえいこ(シャンソン歌手)をはじめ司いつこ、Keiko Lee(リーケイコ)といったJazzVocalisitがこの店からスタートしたといってもいいだろう。リーケイコさんは今では全国的に知られ、ニューヨークでレコーデイングするような歌手となったが、彼女がまだ無名なころこの店で歌っていたのをつい最近のように思い出す。この店の出身で最近実力を伸ばしているのが榊原洋子である。彼女の歌を始めて聴いたとき、日本人ばなれしたその声量とスケールの大きさに驚いたものである(歌自体の洗練度はまだ今ひとつであったが)。洋子ちゃんは私たち夫婦と同じ三河出身ということもあって、個人的にも親しくさせてもらっている(というより彼女もかなりのお酒好きで、呑み仲間といったほうがいいか)。彼女は「A house is not a home」というデビューCDをつくっている。
月に2,3回訪れるこの店は、ママをはじめお客さん、ミュージシャンもほとんど顔なじみでわたしにとってほっと一息つけるところである。バーボンを飲みながら彼らの音楽を聴いていると、多少の仕事の疲れも吹き飛んでしまう。やはりこの店で歌うVocalistの佳川夏己さんの言葉。「貴方が、名古屋は栄テレビ塔横のたての街地下2階にBEVAPPをみつけたらラッキーだ。是非行ってみて欲しい」
BE VAPP: 名古屋市中区錦3-6-15たての街B2 TEL052-962-1553
榊原洋子、ママ(川口静代)と常連さんお二人
西崎佳代子、高橋朝道、武藤祐志
西崎さんは1児の母でもあります。長女の彩華ちゃんは私どものクリニックに遊びに(予防注射)に来ます。
左:8月6日のライブ「榊原洋子と武藤祐志」
右:8月13日ライブ「佳川夏己 、高橋朝道、武藤祐志」
2008.07.21 名古屋の小児科なごやか日記
東京駒込のケーキ屋さん
昼ごろ大学3年生(東京理科大)の甥(妹の長男)と私たちが合流し、姪(妹の長女)がパテシエとして働いている駒込のケーキ屋さんに初めて行く。東京駅からJRで約30分くらいの駒込駅前の商店街にあるこの店(パテスリー)は以前にもこのブログで紹介したが「トロンコーニ」という。小さな店ながら季節ごとに創作される可愛らしいケーキが有名なようである。昭和を思わせる庶民的な商店街を通りぬけたところに「トロンコーニ」はあった。姪はこの春にはいったばかりの新人でパテシエとしての仕事ではなく、接客を行っていた。この店のオーナーの「ケーキ造りも重要だが、接客も同様あるいはそれ以上に大事」という考え方に基づいているようだ。店は10坪ほどでこじんまりとしているが(厨房は別)、出来立ての色とりどりのケーキ類が並べられている。やはり接客をしている奥様にご挨拶したあと、片隅にあるテーブル席でケーキとコーヒーなどをいただく。ケーキ好きの家内はいくつか食べようと意気込んでいたが、次から次へとお客さんがあるのであまり長居はできず、オーナーパテシエの岸上清貴氏にお礼を述べてお店をでる。岸上氏は意外?にも日本酒がお好きという姪からの情報があったので、佐渡で購入した「北雪」YK-35をお土産にお渡しする。この後甥と別れ、東海道新幹線で名古屋に戻る。この5日間は新潟、東京と楽しくまた名古屋に比べればそれほど暑さを感じない旅であった。とりわけ新潟は米、酒、魚が豊富でかつおいしく、食糧危機の叫ばれる昨今を考えると、その際には最も有利な土地ではないかと思われた。豊富な温泉もあり、ぜひまた訪れたいところである。ただこのクリニック休みの間、患者様にはご不便をおかけしたことをこの場を借りてお詫び申し上げます。
2008.07.20 名古屋の小児科なごやか日記
長岡と北越戊辰戦争
朝新潟のホテルを出て、上越新幹線で約30分で「長岡」へ到着。長岡といえば花火で有名だが、明治(幕末)の新政府(官軍)と戦ったもうひとつの戊辰戦争(北越戊辰戦争)の場であったことを知る。長岡藩は最初徳川幕府と新政府に対して中立の立場であったが、最終的には幕府側となり官軍に破れ、このときの指導者であった(家老)河井継乃助は後に激戦地となる「会津」までの転戦の最中に病死する。このため長岡城は廃城となり、現在では長岡駅近くにある長岡城址(二の丸址)がわずかに残るのみである(長岡駅付近が本丸であったようだ)。「米百俵」で有名となった「国漢学校」の跡地を市内の中心地近くに訪ねる。この話は、経済的にも苦境にあった長岡藩に送られた百俵の米を今食べるのではなく、将来の藩をになう人材を育てるために学校を作ったという風に私は理解している。つまり今現在のお腹を満たすことよりも、人材の育成(教育)が長い目でみれば重要ということだと思う。この話を元総理が間違って(故意に?)引用し、無意味な歳出削減を続けたため教育も医療も荒廃の道を歩んでしまっていることは周知のことである。
長岡市内に「吉の川」:吉の川㈱が、郊外に久保田:朝日酒造がある。久保田は千寿、万寿などがよく知られる新潟の銘酒であるが、昨年の中越地震で被害を受け一時品薄となった。現在では完全に復興し、いつでもこれらのお酒がのめることはうれしいことである。日曜日だったため蔵の見学はできなかったが、この町の歴史の一部を知ることができた。遅めの昼食を駅構内のそば屋で新潟独特の、緑色で磯の香りのする「へきそば」を食べてから新幹線で東京に向かう。この日は東京で赤坂のホテルで泊まる。
2008.07.19 名古屋の小児科なごやか日記
歴史の島、佐渡
新潟港より高速船(ジェットフォイル)に乗り約1時間で佐渡に着く。東部の港町「両津」で観光タクシーに乗り島内を回る。両津からは島の反対側(西側)にある佐渡金山を見学する。リアルな人形で当時の作業の様子がよくわかる。かなり過酷な仕事で死者も多くでたようだ。意外だったのはこの金山で細々ながら平成2年まで採掘が行われていたということだ。佐渡金山より海岸を北上すると「尖閣湾:せんかくわん」という美しい海岸がある。約2kmにわたって続く断崖絶壁はノルウェイの有名なフィヨルドに似ていることから名づけられたとのことである。ここから海岸を南に下ると美しい湾に囲まれた「真野」という町に着く。佐渡は昔から配流の地として知られているが、この中には歴史上の人物も含まれ美しくも悲しい物語が残されている。この真野には承久の乱に敗れた順徳天皇が流され22年後に46歳で崩御(1242年)される。その影響か京都の文化や言葉が残されている。「思いきや 雲の上をば余所にみて 真野の入り江に朽ち果てんとは」順徳院。順徳天皇を祭った「真野御陵」の近くに「佐渡歴史伝説館」があり順徳天皇のほか、この地に配流された日蓮聖人(1271年配流)、世阿弥(1434年配流)などの物語が人形などを使い説明されている。またこの売店では北朝鮮に拉致されたあの「ジェンキンス」さんが働いていた(せんべいを売っている)。ちなみに曽我さんの家はこの近くにあり、ひとみさんは地元の病院で働いているとのことである(ひとみさんは拉致された時は看護学校の学生)。またこの近くに「真稜」という佐渡の銘酒を醸造する「逸見酒造場」がある。突然の訪問にもかかわらず、快く蔵の案内をしていただいた。小規模な蔵ながら味わいのある酒をつくる蔵である(名古屋ではなかなか手に入らない)。「真稜」という名は「真野御陵」に由来するとのこと。「陵」は墓を表し縁起よくないため「稜」の文字を使い「真稜」となったと蔵元より説明。ここから両津港へ戻る途中「トキの森公園」(佐渡トキ保護センター)に立ち寄る。日本生まれのトキは残念ながら全滅(平成15年10月)するも、中国から贈られたトキのペアからひなが生まれ、現在では約120羽が保護飼育されている。この1部は野生に戻す計画が立てられているようである。佐渡のもう一つの銘酒として「北雪」(北雪酒造)がある。この蔵は佐渡の南の「赤泊」にあるが、今回は時間の関係で立ち寄れなかった。両津でこの「北雪」の最高峰の大吟醸酒「YK-35」買って名古屋へ送る。
半日足らずの佐渡観光のあと再び新潟市へ戻る。宿泊する市内のホテルよりそれほど遠くないところにある「丸伊」という鮨割烹店にはいる。さすがに新潟を中心とした地元の新鮮な魚がそろっている。一般には「甘えび」といわれているものが、こちらでは「南蛮えび」と呼ばれている(正式にはホッコクアマエビというそうだ)。この「南蛮えび」は佐渡の「赤泊」などでよくとれるようだ。家内と二人でしっかり呑んで食べたが値段はかなり安かった(名古屋の2/3くらいの値段)。新潟の酒と魚と寿司に大満足。明日は「長岡」に立ち寄って東京へ向かう。
逸見酒造:真稜など
佐渡金山
佐渡尖閣湾
佐渡汽船
2008.07.18 名古屋の小児科なごやか日記
村上市と新発田市
朝「月岡温泉」より最寄のJR「豊栄(とよさか)」駅より北東へ約1時間で村上市へ。途中車窓からは一面に広がる青々とした田が延々と続き、その奥の山々とも調和し日本の原風景と感じられる。村上藩の城下町であったこの静かな町は、皇太子妃 雅子様の父方の小和田家ゆかりの地であることを知った(小和田家は代々の村上藩士)。村上市郷土資料館には祭りで引き回される山車(おしゃぎり)等とともに皇太子ご成婚の写真も展示されていた。村上駅からタクシーで約10分ほどのところに、私の好きな日本酒の一つである「〆張鶴(しめはりづる)」の宮尾酒造がある。訪ねてみると蔵の見学は行ってないとのことで、地道に酒造りに励むこの蔵らしい印象であった。新潟の酒は一般に「淡麗辛口」といわれるが、「〆張鶴」は柔らかな旨味と凛とした香りが同居するお酒である。またこの町は鮭の回遊地で種々の鮭料理があるようである。
村上市からJRで30分ほど新潟市の方面に戻ったところに新発田(しばた)市がある。ここは新発田藩の城下町で、加賀より移った溝口氏に伴って来た市島(いちじま)家が約400年前にこの地を開拓し屈指の大地主となったとのこと。今では「コシヒカリ」の一大産地となっている。この市島家の分家が醸造するのが「王紋:おうもん」である。新発田駅より歩いて数分のところにあるこの蔵を見学した(道路を挟んで向かいには諏訪神社がある)。吟醸酒としては「王紋」のほかに「夢」があり、こちらは香りもよくさわやかで女性向きかと思う。また新発田には今回訪れなかったが、すっきりとした酸味のある辛口の「菊水」の菊水酒造がある。村上 鮭の燻製
〆張鶴(宮尾酒造)
市島酒造にて試飲: 王紋、夢、蔵など
王紋 市島酒造
2008.07.17 名古屋の小児科なごやか日記
新潟酒蔵巡りの旅
少し早めの夏休みをいただいて、家内と共に初めて新潟を訪れる。名古屋より東海道新幹線で東京を経て上越新幹線「とき」で新潟へ(上越新幹線は2階建てになっている)。名古屋を午前に出発して午後4時頃には新潟へ到着した。新潟市は人口約80万人で(日本海沿岸では初めて政令都市に指定;平成19年4月)、駅前などを歩くとビルが整然として、名古屋と似たような印象を受ける都市である。新潟市より東側の山寄りにある「月岡温泉」に泊まる。大正5年の石油の掘削時に偶然温泉に当たったのが起源のようである(白玉の湯:泉慶)。硫黄泉で黄緑色の湯のにおいはきついが、いかにも温泉らしく美肌の湯といわれている。家内はますます美人?になったようである。夕食は新鮮な魚と、新潟の地酒が各種取り揃えられている。またこの日は奇しくも一年前「中越沖地震」で多くの犠牲者のでた日である。犠牲者の方々に合掌。ともかくも新潟最初の夜を山中の静かな温泉で過ごす。上越新幹線 「Maxとき」:車両は2階建て
月岡温泉 ホテル泉慶にて:越後の銘酒
2008.06.24 名古屋の小児科なごやか日記
「トロンコーニ」東京駒込のケーキ屋さん
昨日東京のケーキ屋さんから、クリニックに子供むきのお菓子が送られてきました。このお店(パテイスリー)は「トロンコーニ」といい、私の姪が1年間のリヨン(フランス)でのパテイシエの勉強のあと、この春から働いています。東京でも有名な店のようで、日本のホテルやフランスでの経験のあるオーナーパテイシエ(岸上清貴氏)のもとで創作される本格的なケ-キ類が人気なようです。今回は子供むきで日もちのするものを姪が選んで送ってくれましたが、クリニックのスタッフの間では評判は上々でした。クリニックの催しの際にでも、お子さんにプレゼントできればと思っています。
かいじゅう
あじさいとカエル
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